■残酷な神が支配するTHE SECOND■ 夜闇を揺さぶる風息が窓を打つが、その叩音が堅牢なビルの室内へ聞こえる事はない。 灯りを消した部屋では、カーテンの隙間から漏れる街灯の光が絨毯の上でゆらめいている。部屋の主は 美しく整えられたベッドの上で堅く膝を抱え、壁を見つめて座っていた。 体をきゅうと折りたたんだ竜崎は実際以上に小さく見える。だがその視線は 大蛇のそれの様な鋭さで、闇に光る目玉ばかりが異様に大きく感じられた。 静寂の部屋で、彼が見つめていた壁が音もなしに、ぐにゃりと溶ける。奥行きなど無い筈の黒く開いた穴の中から、ずる、ずるりと軟体動物が体を引きずって進むような音が聞こえる。徐々に近づくその湿った音は 彼の鼓動と同調し次第に素早く、大きくなっていった。 膝を抱えて微動だにしなかった竜崎の唇が僅かに動く。 「…罪に沈む汝友に勧めよ助け船を、 主なるイェスは誰人もあがない得る神なり。いざ助けよ汝友を、イェスは救わん愛もて、主を侮る彼らにも救いの御手は伸びて…………」 早口に紡ぐ祈りの言葉は口腔にくぐもり、竜崎自身の耳にも届かない。だがその言葉を発する唇を 制止する事は竜崎にも出来なかった。何年も唱えていない祈りは覚えたての様にすらすらと流れ出る。 神への祈りを口にする程自分は恐怖を感じている。 自覚すると今まで感じた事のなかった畏れが竜崎の脳髄へ流れ込んだ。今まで自分が相手にしていた 姿無き罪なる者の正体は、すべて人間だった。人間である、と考えた事もない。それが当然だったからだ。 同じ人ならば立場は同じ。怖れる事などない。だが、あれは−−−−−−−− 穴の中から「あれ」が姿を現した。 ぬめりと濡れた汚らしい粘液に街灯が映り、闇の中でもてらてらと光る無数の蛇の様な−−−男根の形をした、 「触手」としか言いようが無い生物。何処で感知するのか、触手は一斉に頭を竜崎へ擡げると、獲物を見つけた 猛獣さながらに先端のスリットからたらりと薄緑の粘液を垂らしだした。 膝をきつく抱えて折りたたまれていた竜崎の体が開き、跳ねる。 気丈に触手を凝視したまま、ベッドの上に立ち上がり背中を壁に押し付けると、やや荒い呼吸で口早に祈りの言葉を唱え続けた。 「信じ縋らば罪赦し救いを与え給わん、いざ助けよ汝友を、 イェスは救わん、愛もて−−−−−−−−−−−− ……!!!!」 細い触手達が姿とは裏腹に強大な力で竜崎の四肢に絡みつき、手足を大きく広げ、どすんと壁に張り付ける。 全身を打ちつけた痛みに咳き込む竜崎の唇を狙って、人間の腕ほどある触手が敏速に近づいてきた。 「この、化け物…………!!」 最後まで言葉を発する事はできなかった。 触手は竜崎の唇を割り、喉奥の粘膜を突き破る。生臭さと喉に貼り付く粘液に呼吸を阻害され、えづく竜崎の 蟀谷(こめかみ)を、後頭部を数本の触手の一本一本が指で掴む様に支え、顎を上へ向かせると、 喉を犯す触手から逃れられぬ様しゅると彼の黒髪を束ね、ぐいと下方へ引っ張った。 重力でもう下を向く事はできない。 うぅ、うぅ、と竜崎は口内で悲鳴を飲み込んだ。飲み込まれたのは触手からいやらしく滴る粘液もだろう。 頭を固定され、触手を吐き出せない以上だらだらと口腔へ垂れる淫液は飲み込むしかない。 だが薄い唇からは飲みこみきれない淫汁が漏れしたたり、妖しくてらてらと輝いていた。 触手は自分が蹂躙している獲物の苦し気な姿に、満足気にずるずると挿出を始めたが、甲高い悲鳴らしき音を どこからか響かせると竜崎の口腔から己のものを引き摺り出した。 触手の、亀頭の様な先端に鋭い噛み痕が生々しい。 両腕を拘束されたまま、肩で息を吐く竜崎の瞳は苦しさと怒りで充血していた。 この「L」が正体不明のものに人形の様に扱われる。 「L」が、この異形の正体を掴めない。 「L」が、この化け物に恐怖を感じている。 すべてが許しがたい事実。 兎の様に震える自分の唇に彼は失望していた。こんな事で、折れるな −−−− 紅くひずんだ噛み痕をつけられた触手の頭が、拳の様に竜崎の右頬を殴りつけた。 ざわざわと細い触手達が竜崎のジーンズにからみつく。細い脚をゆるく包んだ布地を器用にずり下ろして 放り投げると、まだ固く閉じたままの窄まりに向かって噛み痕がついた触手が突進した。 「あ、あ−−−−−−−−−−−−−−−!!!」 堪えようとしても内側から内臓を押し上げられる苦痛に悲鳴がほとばしる。 恐怖にきつく竦んだ淫穴をこじ開ける為に、触手は潤滑剤がわりにぶぶりと薄緑の粘液を放出しながら その小さな入り口に侵入した。人間ならばその狭さに手間どるところだが、触手の力は人の想像の およぶものではない。相手である憐れな青年が受ける苦痛など省みずに、力まかせに最奥までやすやすと 体を沈めると、激しくその敏感な腸壁を前後に擦りはじめた。 「ぃ、ひぃ!!ああ……あ゛っ………!!」 裂ける。体が、二つに裂ける。 あの日、気づけば柔らかな布団に裸で眠っていた。 介抱してくれたらしい夜神は、疲れているんだろう幻覚でも見てたみたいだけど、とわざとらしいまでに 心配気に囁いた。 その時の、髪を撫でてきた夜神の指の感触が。 粘液には獲物の苦痛を和らげる為に催淫効果があるのだろう。竜崎は身を裂かれる痛みに四肢を強張らせ ながらも、奥から湧き上がる甘さを感知していた。 「あ、ん、ん、あぁ、あ」 腸内の奥を、浅い所を触手が行き来する。その度に粘膜は熱く疼き、じんと痺れる。 あの日も夜神の指が触れただけで僅かだが腰に痺れが走った。 この化け物の体液が体に残っているとこうなってしまうのか。 それとも自分の体がおかしくなってしまったのか。 これが幻覚か?これほどの恐怖が、体を震えさせる快感が夢というのか? 「!!……ふっ」 意志とは関係なく怒張した男根に極細の触手が侵入する。 ちりちりした痛覚にのけぞった顎を捕らえられ、思わず食いしばった歯列をこじ開けられる。今度は 歯を立てられぬ様細い触手達に両顎をしっかりと拡げられた竜崎の顔を、たらりと濃緑色の粘液を たらした親玉が覗き込んだ。 「あ………が……………」 大きく開かれた竜崎の唇からも、快感故か生理的なものか涎が滴り落ちる。その瞳は見開かれ、 瞬きもせず睫を震わせながらグロテスクな陵辱者を凝視していた。 「ふぅう!!んぅ−−−−−−−−!!」 声無く竜崎が叫ぶ。口腔いっぱいに親玉が侵入し、全ての粘膜を犯す触手が同時に動き出したのだ。 唇から、下肢からずちゅずちゅと湿った淫音が響く。竜崎の白い体は悪寒に粟立ち、内臓を貫く 痛みに生理的な涙をこぼしながらも、不思議と快楽が苦痛を凌駕しはじめた。 化け物の体液のせいか、苦痛から逃れる為の脳の働きか。それは竜崎にもわからなかった。 ただ、許しがたい快感が全身を貫いている、それだけは確かだ。 「う……!?」 寄せる快楽の波に揺らぎかかっていた竜崎の体がふいに宙へ浮いた。 触手に拘束された体がどこかへ運ばれている。寝室の奥−−−バスルームだ。にゅるりと触手が器用に ドアノブを回すと、正面の洗面鏡に大きく膝を開いた自分の姿が竜崎の瞳に飛び込んだ。 おぞましい、怪奇なる物に肛門と尿道を射ぬかれ、唇すら塞がれ悶える淫らなその男は間違いなく自分だった。 やめろ。見たくない。だが苦痛と快感で目を閉じる事もできない。 「うう!う、ふ…ん、ん、ぐっ……ぅぐっ…」 極太の触手に侵入され、皺の伸びきった淫穴は周囲が紅く腫れ、触手の粘液で光っているのが曝け出されている。 じゅぷじゅぷと触手が進退を繰り返す度、そこはぐにゃりと形を変え、開き、収縮し、美味しそうに それを咥えこんだ。 見たこともなかった自分の秘部。こんな状態で目にするとは思わなかった。異様に伸び縮みするそこを竜崎は 朦朧と眺めた。屈辱的な姿勢で排泄器官を犯され、涙で頬を濡らしてなんて無様だ。だが感じている肉を 目の当たりにする事は確かに竜崎の劣情を刺激した。 「あっ…あぁあ゛あ!!!」 ひくん、と膨張した陰茎を察知したのか、口内を犯していた触手がそこから抜き出ると、あの時の様に 頭を磯巾着状に広げ、竿の根元までを咥え込んだ。ざわざわと無数の触手となったそれが膨れあがった 性器を撫で上げながら吸う。 「ひいい!!あ、あ、あ゛ぁあーーー!!ぃ、ぃ、や…あ…っっ」 あの日と同じ、暴力的な快感に耐え切れず、竜崎は嬌声をあげながら必死に頭を左右に振った。 汗で濡れた黒髪が散り、涙が舞う。誰か、誰か、と心で助けを呼ぶが、異形に屈服する惨めな姿など 誰にも見られたくはない。そう思う事だけが今、竜崎の力の限りの抵抗だった。 「ひぁっ………」 爪先から射精感が竜崎を襲う。 尿道をふさぐ触手は待ちかねた様に動きを早め、内側から前立腺を何度も擦る。 「ああぁ゛!!あぁ!!ん、んん、………はあぁ!!!」 背筋を駆け上がる稲妻に腰が痺れ、びゅく、びゅく、と射精をする度に陶酔的な快感が破裂した。 陰嚢から吐き出された精液は体外へ放出される事なく、尿道を塞いでいる触手がじゅ、じゅ、と飲み込んでいく。 尿道の中を吸われるという通常ではあり得ない刺激に、竜崎はひくひくと足指を痙攣させ、 感じたことのない悦楽に突き出した舌を震わせた。 射精の反射で収縮運動をする後膣に、舌鼓を打つようにちゅくちゅく淫音を立てながら肛門を犯す触手が 激しく動く。 まだ…… もう、やめてくれ。 疲れきった竜崎の事など、快楽を得る道具としか認識していないだろう触手は只管に快感を追っていた。 そうするうちに竜崎の腸内にも甘さがこみあげる。 嫌だ。イきたくない。疲れた。欲しい。やめないで。気持ちがいい。 痛い。痛い痛い痛い そこは気持ちがいい ああああああ。あああ。もう。ああああ。 悦楽と苦痛に混乱する脳に、竜崎はただ叫んでいた。扇情的な、誰もが情欲を掻き立てられる様な甘い声で。 竜崎は気づかぬうちに、右手を開放され指を噛む事を許されていた。 それはもはや抵抗せぬと陵辱者が判断した証だった。 「竜崎、大丈夫?今日も顔色が悪いよ」 捜査本部へやってきていた月が竜崎の額に手をあてる。 椅子の上で膝を抱えていた竜崎が大きく震えた。 「触らないでください」 そのきつい口調に月は形の良い眉を少しひそめ、僕がキラだからかな、はは、と軽やかに笑い 竜崎の側の椅子に腰をかけた。 「竜崎の顔色が悪い事なんていつもの事だ、月くん」 相沢がろくに竜崎を見もせずに言い放った事に、少々竜崎は安堵した。今は構われたくない。誰にも 触れられたくない。声をかけられる事さえ、空気の震えが皮膚を刺激する様な気がした。 「あ、僕何か甘いもの買ってきましょうか?砂糖たっぷりの珈琲でも入れましょうか!!」 ろくに仕事を任されず、もはや竜崎のお茶係りと化している松田がここぞとばかりに明るく声を 張り上げた。いつもやる気が空回る松田は、自分の願いとは逆に励まそうとしゃべりまくるのだろう。 そう察知した竜崎は軋む体をゆっくりとねじると、椅子を降りた。反らし続けた背中が痛い。 体を丸めていても誰も不審に思わない自分の日頃の姿勢に竜崎は感謝した。 「自室で調べ物をしてきます。用のある方はワタリを通してください」 傍若無人さもいつもの事で、誰も竜崎の態度を気にする者はいなかった。自分がLとして選ばれた事は 正しい選択だ、と竜崎は思うとゆっくりと自室へ引き揚げた。 部屋は酷い有様だ。 シーツはよじれ、洗面はいたる所に汚らしい粘液がこびりついて乾き、濃緑色に貼り付いていた。 これは夢ではない。 この前はきっちりと整えられていたが、もしかすると誰かが整えたのかもしれない。 しばらく竜崎は爪を噛みながら部屋を見渡していたが、唇をきゅ、と結ぶとマホガニーの重厚な机に 置かれたパソコンのスイッチを入れた。 細い指が幾つかのキーを叩くとアルファベットが一文字浮かぶ白い画面が立ち上がった。 竜崎は暫くの間無言でそれを見ていた。画面の向こうから微かに鳥のさえずりが聞こえている。 先に口火をきったのは画面の向こうの人物だった。 <…久しぶりなのに、かわいい声を聴かせておくれ?私のL> 深く響く若い男の声に、竜崎はびくりと身を強張らせた。そして一瞬下唇を噛むと、画面に顔を 近づける。 「−−−−−−−−L。調べてほしい事があるんです」 → |