画面はただ白く発光するのみだが、竜崎は相手が愉快気に微笑んだ事を確信していた。

<私に頼み事とは珍しいね。いいだろう、何を調べる?まだ口にした事のない菓子か、フルーツの存在でも知りたいか?>

「ある生物についての調査をお願いします」

軽口に付き合う事なく用件を口にする竜崎に、変わりないなと画面の向こうのLが語りかける。 その懐かしく優しい口調がかえって気持ちを沈ませた。

<さみしくなったんだね>

<ペットでも欲しくなったのか。いいだろう送ってやろう、私から離れて東洋の島国になんか行くからだよ…今まで通りこの屋敷で、共にお茶を飲みながら推理をする。私は永遠にそれが続くと思っていたのに>

画面の向こうの男は、竜崎の腹違いの兄だ。優しく、穏やかで、

<そのペットには当然、お前の体を満足させる芸を仕込んでおいたほうがいいだろうね>


常に甘く柔く傷つける事を忘れない。


「ペットに逃げられて寂しいのはあなたの方ではないですか 兄さん」

淡々と言い返す竜崎の声は掠れていた。酷さを際立たせる為にいつも兄は優しいのだ。優しければ 優しい程、その後の行為は凄惨さを増していく。

兄は暴力で快感を得る性癖を持っていた。
他人には人間的に振舞う分、竜崎の事は痛みを感じない人形のように扱った。
にこやかに尻を蹴り、転んだ手を踏みつける。
痛いと訴えると、反抗的だねと更に鞭が飛ぶ。
最後には竜崎に自慰を強要し、自らも手淫により達する。時には竜崎の手を使い、時には咥えろと 要求した。
今日の兄も、竜崎が日本へ旅立った前日の様に慈愛に満ちた穏やかな声をしていた。
出発当日の飛行機で、竜崎は痛む体を休める為息絶えた様に眠ったのだ。

あの日と同じだ。兄は怒っている。
直接キラと戦いたいと自分の元を去った事にまだ立腹しているのだ。

優しさの後に来る酷い言動や行為も、そういうものだと竜崎は慣れきっていた。その時にちりと痛む 心許なさも。

<無論だ。寂しいよ、L>

その声は欠片も寂しそうではない。むしろ楽しげに感じられた。次に続く言葉はもう予想済みだ。

<カメラを何故つけない?久しぶりにマスターベーションでも見せてくれないか?>

「嫌です」

拒否するのをわかっていて兄は下品な要求をするのだろう。拒否しなければ、嫌だと竜崎が言うまで 要求はエスカレートしていく。竜崎には兄がわからなかった。受け入れても、拒否しても兄は怒る。 穏やかに彼を追い詰めていくのだ。

<そうかい。お前が娼婦のように可愛く乱れる所を見たかったよ…では聞こう。生物とは?>

自分を可愛いと形容するのは兄くらいだ、と竜崎は思う。兄は誰の目から見ても美貌の持ち主だった。 周囲を惑わすからと表情を見えにくく長めに伸ばした前髪も、より美貌を期待させる道具となり 兄の魅力を際立たせていた。
その兄が、何故こんなにも自分に執着するのか。
嗜虐趣味をぶつけられる、都合のいい存在だからなのか。

「…幻覚作用を起こす臭気や体液を放つ生物…その液体の科学的調査、そして異種交尾を盛んに行う生物の存在について」

昨夜の事を思い出して体を震わせたりしない様、竜崎は膝を握り締めて訥々と尋ねる。画面向こうの兄は 高らかにに笑った。周囲の鳥が飛び立ったのだろう、幾羽もの羽音がスピーカーから漏れ聞こえる。
しばし間を置き、兄は一言一言を強調し答えた。


<L。それは人間だよ>


確かにそうだ。それは竜崎自身であり、兄の事だった。日々繰り返された異常な行為。兄といるとしばしば竜崎は眩暈の感覚を覚えたが、彼から離れて初めて現実感、自己の存在感を感じていた。
それが引き戻される。
あの−−−悪夢と思いたい、確実に存在する”何か”のせいで。

「私も、人間が関わっているのではないかとは思います。ですが幻覚にしては体感が鮮明すぎる… 私のデータバンクには存在しない色素の体液も残されています。これが何なのか、あなたに」

<何があった>

先程までの柔和な物言いがきつく響く。だがすぐにまた、優しく慰めるように兄は囁いた。

<−−−−順を追って話してごらん。ひとつも漏らさず、すべての事を>









「…そして無数に枝分かれした生物が私の脚に絡みつきました」

淡々と竜崎は顛末を述べた。ここで逆らうのは得策ではない。今はただあの生物の正体を 知りたかった。冷静に、事実だけを述べればいいと竜崎は小さく息を吸った。

「先端の頭を器用に使い、ジーンズの中に入り込むと性器に纏わりつき」

<感触は?>

「ぬめっていて生暖かかったです」

<たとえば嗅覚の鋭い軟体動物…お前から何か特殊な匂いがするのかもしれないな。雄を狂わせる何かが>

兄の挑発に竜崎は答えなかった。不必要と思われる発言を無視する事で、時間の 短縮を試みたが、兄は巧みに竜崎の不快感を募らせる質問を投げかける。

<そのぬめった生物に性器を玩弄され、お前のそこに何か変化はあったかい?>

「勃起しました」

機械的に答える竜崎の回答に、くく、と兄が笑う。

<感じたんだな>

「はい」

<…その生物を仮に触手と呼ぼう。触手は、勃起したお前の性器にどう反応した?>

あの日のおぞましい時間が竜崎の脳内にフラッシュバックした。高性能の記憶力を誇る海馬は 触手の細やかな動きひとつ忘れてなどいない。
あの、極細のうねる軟体動物。
性感帯を絞り上げられ、あえぐ自分。
記憶は感覚までも体に思い起こさせた。

口腔に湧き出た唾液を飲み込んだ竜崎の喉が鳴る。

「−−−−細い触手が尿道に侵入し、前後運動を開始しました」

ふんふん、と大真面目なふりをして聞く兄の姿が竜崎の脳裏に浮かぶ。その長い前髪に隠された瞳は いたずらに輝いているに違いなかった。

<なかなか動きも巧みだな。そんな細い所へ…触手の活動能力を把握する為に聞くが、その触手は 尿道のどこまで侵入した?>

あまりに愉しげな兄に竜崎はわずかに眉間をしかめた。もっともらしい言葉を使い、兄は竜崎に性的な 話をさせる事を楽しんでいる。そんな事を語らせても、竜崎が頬など染めるわけがない事を兄は知っている。 兄は、自分が竜崎を傷つけようとしているという事実が弟を傷つける事を知っているのだ。
どうせ答えなければ別の悪戯が始まるだけだと、竜崎は判断して言葉続けた。

「……膀胱まで到達しました」

前立腺をうねうねと擦りながら通り過ぎた触手を思い出し、下腹部の膨らみがじんと痺れる。 こんな時に、と竜崎は疼く性器から気をそらそうと画面を強く睨んだ。

<そして?>

そして。蘇るのはあの解放感。

「触手が、膀胱を刺激しながら突然体を引き抜いたので−−−−−−放尿しました」

湧き上がる熱が竜崎の下肢の中心から爪先へ走っていった。塞き止められた生理現象の解放は、射精とは まるで違う快感だった。体内が浄化される、胸に広がる穏やかな安堵。あんな化け物に辱めを受け、 幸福感を抱いた事を竜崎は苦々しく思ったが、放尿による安心感は誰もが感じる事だと自分を諭す。
だが、あの壮絶な快感は放尿だけで得たわけがない事など竜崎はわかっていた。
前から、後ろから性感帯を攻め立てられ、尋常でない恐ろしさと甘さにあられもなく声をあげた、あの日の 自分。そして昨日も。

<放尿とはね…。私以外の前でそんな姿を見せてもいいなんて、いつ許可したかな>

「不可抗力です」

<それは幻覚かもしれないと?>

「幻覚だと思いたいのですが、あまりにも体感があったのでそうとは思えません」

甘く体内をくねくね蠢いたあの動き、体からほとばしる熱い小水。幻覚にしては優秀すぎた。
そして、その快感の記憶はじわじわとまた竜崎の体内で蠢き始めている。先程から火照ってきていた 下腹部の中心は既に熱く硬く怒張していた。


<それから>

「…それから」

わずかに荒くなってきた呼吸のせいか、竜崎の声が不自然に擦れる。素直に答えるのは、兄の 簡単な誘導に乗ってしまっているようで悔しいが、仕方がない。実際、いつしか竜崎は兄の 簡単な誘導で自らあの忌まわしい記憶を暴露していた。

「触手根元からのびる最も太いものが、先端が割れて数百本の触手となり一斉に私の性器に纏わりつき、 吸うように擦りはじめ」

あの時の想像を絶する悦楽。
竜崎はボトムのフロントを寛げ、細い指先をそろりと自らの男根に這わせていった。狂うばかりの、あの甘い痺れを思い出しながら、 兄に気づかれぬ様息を殺して竿をきつく擦る。

「…結果 射精しました。すると直径23/4インチ程の触手が私の肛門に」

声が乱れぬ様、自然と早口になる。ねっとりと吸い付かれ、絞られ、収縮するあの動き。
脳裏に描きながら指腹を根元から亀頭へすべらせるが、あの快感とは程遠い。

違う。
もっと強引で、甘く、体の一部に溶け合ってしまいそうな、あの粘質。

竜崎は蕩けそうな記憶に身を委ねかけていたが、兄が黙っている事に気がついた。

<そんな大きさのものが、お前の小さな穴に入るものかね。やはり幻覚ではないのか?>

確かに入っていた。細かな触手達が前立腺を刺激し、体を鉤状にして入り口をひっかけ、開き。
同時に前の弱い肉を刺激され、緩んだ所を貫かれた。

「違います。…やはりあれは、現実の事だと…思います。」

体を裂かれる激痛と、搾り出される快感で脳が混乱し、泣いて叫んだ悪夢の一夜を思い起こしながら 只管に竜崎は自慰を施す。じわりと陶酔感が襲ってきたが、どうしても化け物に受けた性の喜びとは比較にならないお粗末な甘さにすぎなかった。
それでも追いすがる様に竜崎は、そのささやかな快楽を体の中心に集めようと性器を擦る指を休めない。 あの感覚を呼び戻そうと指をしゃぶり、唾液をからめると亀頭のすべらかな粘膜を撫でさする。

<現実か>

「…はい、あの直腸を擦られる感触はまぎれもなく」

擦れていた声は唾液で艶を帯びていた。その方が声が震えずにすむ、と竜崎は思う。そしてまた意識を 記憶に馳せた。
最奥まで貫かれた。だがそこから先、竜崎の意識は混濁していて記憶がはっきりしない。ふと、誰かいた気がする、と思い出す。すぐに夜神月がやってきたのだと気づいたが、その思考に気をとられ、兄の声が恐ろしく低かった事には竜崎は気づかなかった。
それよりも。もう達する寸前だった。
性感を刺激しようと触手をイメージする。内臓を掻き回され、快感に弱いだらしのない肉のしこりを嬲られた、 どうしてもその感覚を再現できない。
おぞましいと思っているのに、何故か触手を求めている様な自分がいる事に竜崎は驚いていた。 そして性器を弄ぶ指先は激しさを増す。

<お前は一人だったのか?側には誰もいなかったのか>

声が乾いているのは兄の方だった。先程までの楽しむ様な響きはもはや感じられない。
竜崎は甘いうねりに足指を戦慄かせながら考えた。
一人?記憶にない。だが、夜神が部屋にやってきていた。私が化け物に嬲られている間、夜神は何を していた?何処にいた?

「いえ……」

瞼をとろりと軽く閉ざし、発光する画面を眺める。無機質な光が竜崎を見つめていた。

肛門を犯されていた時、夜神の顔が見えた気がする。
上から私を覗き込み、何をした?
思い出せない。
それこそ、幻覚だろうか?

背筋を電流が這い上がる。

「−−−−−−−−−…………!!!」

下唇を噛み、椅子の上で丸めていた脚をぴんと伸ばすと、竜崎の割れた肉の先端から幾度も白濁した淫汁が 噴出した。それを掌で受け止める。
その熱さと粘りは空虚で、だがまぎれもなく現実だった。

「……記憶を遡りましたが、一人ではなかったと思います。あそこには
                      夜神 月が」

射精にあえぐ声を出せぬ間の沈黙を適当に理由づけると、その名を告げる。
兄もそれを聞くと、しばしの間沈黙した。

<話はわかった。おそるべきモンスターだな>

それは触手に対してだろうが、夜神への言葉とも感じられた。

<お前は夜神月にその時何をしていたか聞いてみなさい。今後化け物から身を護る為ワタリや誰かを部屋に入れてもいいだろう。私は未確認生物として触手を調べてみるが…お前>

兄が言葉を区切る。よくない前兆だ。竜崎はとっさに親指を噛んだ。

<人と会話している時にオナニーはするものではないよ>

「!!」

色味のない竜崎の頬から更に色が消える。シャツを下ろして股間を隠すと、再び体をきつく丸めた。

<お前のPCにマイクロカメラをカモフラージュしておいたんだよ。気がつかなかったか? Lとしてまだまだだな……だが>


<声を乱すまいと耐えながら擦るお前は可愛かったよ>


最後の声は届かなかった。
立ち上がった竜崎がパソコンを乱暴に床に叩きつけたのだ。

結局自分は兄の玩具なのだ、と落胆する。恐怖に弱ったあまり肉親にすがってしまったが、兄には 言うべきではなかった。弱みを握られただけかもしれない。

ふらりとまた椅子に腰を下ろすと、竜崎は掌の粘る液体を見つめた。
冷えていく粘液は、未だ火照ったままの自分とは対照的で、それも自分も酷く汚らしく感じる。 ぞんざいにシャツに精液をこすりつけると捲くりあげ、半裸になるとうつ伏せにベッドへ倒れこんだ。

酷く疲れていた。

眠りたい。

ゆっくりと瞼を下ろす。迎える闇は優しかった。









兄は竜崎と本番はしてません設定。竜崎、その気になれば自分でシャツくらい脱げると思います