■視線■ 「っ………いい加減にしてください」 普段は使用されていない会議室へと私の手を強引に引く夜神月に、私は不愉快な感情を露にした。 「そう言うなよ。お前が言い出したんだろう?…溜まったら声をかけてください、てな」 清潔そうに見える好色な瞳に辟易する。 確かに、24時間監視の手錠生活で、若い雄である夜神が日々鬱屈としていくのは誰の目にも明らかだった。 神経質に固い床を早足で歩き回る彼を見て、事件解決の糸口が見えない苛立がそうさせるの だろうなどと捜査本部の皆は話していたらしいが、夜神の苛立の原因を察したのは松田だった。 「月くん、溜まってんじゃない…?若いし、この監視下じゃこっそりする事もできないし…」 「…なにを言い出すんだ松田さん…」 深夜の交代で我々と松田が本部に残った夜、唐突に切り出された。 松田としては前々から気になっていた事なのだろう。プライベートに踏み込まれ、夜神は不機嫌に片眉を潜めたが、 いつも爽やかに切り返すはずの彼にとってその表情は確信を突かれた事を意味していた。 「成る程。では月くんが自慰をする最中は監視カメラを切りましょう。無論私の監視は有りですが。いつでも言ってください」 「僕がしてるところを見たいのかよ」 夜神の瞳の底に憤りが漲る。 「監視という意味でなら24時間あなたを見ていたいです」 冷静に答える私に、そう、と短い返事をすると、夜神はじゃらりと金属音をたてて鎖を引いた。 ◆ それからはなし崩しだ。 夜神は、フェアにいこうと交互の自慰を提案した。 確かに、世界の大多数の国が容疑者に対する性的恥辱、暴行は法律で禁止している。自慰を監視する事が 法に触れるという夜神の言い分は最もで、私の自慰を夜神が監視する事で彼の気が治まるのなら、 マスターベーションなど大した事ではなかった。 まずは夜神から自慰を開始した。 唇を弄る私の指先を見つめながら、抑圧されていた性的欲求を満たす様に時間をかけて性器を扱き、 長い睫を震わせて果てた。 こんな時まで夜神月は人形の様に美しい。 「さあ、次はお前だ…。見せてもらおうか。世界の切り札の自慰行為を」 「別に、ごく普通の自慰行為ですよ」 私はジーンズのフロントを寛げると下着から性器を引き出した。 「はは…勃ってるじゃないか。僕のを見て興奮した?」 勝ち誇る様に夜神が笑う。 「性的行為を見て興奮するのは人として正常の証です。何か面白いですか?」 「…続けろよ」 私の答えにつまらなそうに返事をすると、夜神は腕組をして私の下腹部を見つめた。 その視線に、敏感な部分の皮膚が熱を持つ。 「大きくなったね…僕に見られるのも興奮するんだね、竜崎。なんだか経験の少ない女の子みたいだ」 実際私には性行為の経験はなかった。 自慰行為自体も、日々の疲れから本当に溜まりきった時に抜くだけの粗末な行為にすぎなかった。 だからこそ人目のある場でもこうして構わずに行う事ができると思ったわけだが、些細な視線に興奮を感じる 己に自分も普通の人間なのだと妙に眉の晴れる気分になる。 何も想像せずとも、夜神の熱を孕んだ視線だけで私は息を荒げ、どくどくと海綿体に血が流れ込むのを 感じていた。 「ああ…もう汁が流れてきた。お前、早そうだね」 「比べた事がないのでわかりません」 私の声は僅かに震えていたかもしれない。夜神は低い声で私の自慰行為を言葉にした。親指と中指を輪にして 陰茎を擦る私を夜神はただ眺めていた。それだけなのに、普段事務的に行う自慰とはまるで違う喜悦を感じる。 触れられているわけではない。だが、相手がいるとはこういう事かと腑に落ちる。 「ふっ………う…………」 甘めかしい痺れがじわじわとせり上がり、吐息にまじって声が漏れた。 「やらしい声」 「ひぁっ!!」 耳元で夜神に囁かれ、敏感になっていた全身の皮膚が総毛だった。ぶるりと身を震わせた私を見て夜神が哂う。 私はいつもの自慰行為時とは違う感情が首を擡げるのを感じた。自慰とは味も素気もない行為で、こんなものは 誰に見られても気にならない事のはずだった。 「はは……ねえ、今のでまた大きくなったよ。もうぱんぱんだ。そんなに亀頭を真っ赤にして… いやらしい汁をだらだら流しちゃってさ。そんなに気持ちがいいの?」 「はっ!はっ………あぁ……………っ」 その通りだ。今までに無い位気持ちがいい。 夜神の言葉の一言一言で、自分の今の状態を確認する。亀頭を紅く腫らして、その先からカウパーをしとどに 流している私がいる。唇の端から涎を垂らし、快感に支配されうつろに宙を眺めている、なんという醜態。 「ね、そろそろ先っぽを擦ってごらん。もっと気持ちがいいと思うよ?」 「あ…………あ…………」 私は暗示にかかった様に、竿を扱きながら亀頭を人差し指で強く擦り上げた。 「うぁ、ああ、や、や、ふぁああああああ !!」 体内に蓄積された快感が電流となって総身を駆け抜け、私はがくがくと全身を揺らしながら、 夜神に向けて白い吐液を噴き散らした。 快感の名残に下肢が震える。 肩で息を吐きながら夜神を眺めた。 夜神は頬に貼りついた粘液を形の良い指ですくうと、しげしげとそれを観察した。身の内が熱くなり、 むず痒いような奇妙な感覚に慄然とする。 「やらしい精液がいっぱい出たね…。いつもより感じた?イク時の顔、泣いてるみたいでかわいかったよ」 内部を掻き回される様な不快なむず痒さがまた湧き上がる。 これは−−−−−−−羞恥だ。 今まで、私は一人だった。 私を受け入れてくれるたった一人の人間と過ごしてきた。 長い間、人との接触を避けてきた自分は、人の視線のむず痒さも、こんな感情も知らなかった。 「またしたくなったら言うから。その時も、フェアに頼むよ」 初めて感じる感覚に、私は強い畏怖を覚えた。 → |