静まり返った空気の中、竜崎の荒い吐息だけが冷たい壁に響いていた。 だが相沢には自分の中を流れる血液の音さえ聴こえる気がした。長い沈黙の後、 腹の奥底から声を絞り出す。 「嫌だ」 一斉に青年達が笑い出した。 「聞いたか!?嫌だってよ」 「こんなおっ勃てて、今更じゃねえのおじさん!!」 金髪が相沢の前にしゃがみ込む。唇を相沢の耳につかんばかりに近づけ、脳に直接流し込むかの様に 囁いた。 「よかったぜこのおにいちゃん… 俺がある程度拡げてやったから あんたはもっといいはずだ。 中はあったかくてねっとりしてて −−−−−最高だよ?」 「黙れ!!」 相沢のスラックスを内側から持ち上げているそれが、質量を増した。絶望が相沢を襲う。 男の体は正直で、何も隠す事ができない。相沢は元々嘘が得意ではないし、好きではない。自分を直情型だとは 思っている。 だが、今だけは。 これは嘘だと叫びたかった。 金髪が立ち上がり、また竜崎に歩み寄る。 もう何も出ないだろうに淫らに勃ちあがった性器を、ブーツの先で軽く踏みつけた。 「……っ…………!!」 僅かに竜崎が眉を寄せる。 「おじさん。どうする?」 相沢は答えない。凶行者への罵倒を噛み締めて、怒りを握り潰した拳に爪が食い込んで血が滲む。 金髪は溜息をついてナイフを取り出し、竜崎の左耳の付け根にあてた。 「一つくらい無くなっても、大丈夫だよなあ?」 「やめろーーーーーーーーー!!」 相沢の叫びと同時に、竜崎の首筋に緋色の筋が伝った。わずかに肉に食い込んだナイフは、 どこを刻めば最も血が溢れ出るか熟知していた。相沢の全身の皮膚から汗が吹き出るのを金髪は 楽しそうに眺め、ナイフの血を舐めながら言った。 「面白いねあんた達。…自分よりも相手が傷つけられる方が怖いんだね」 「なあおっさん。おにいちゃんは、あんたを守る為に俺らのおもちゃになってくれてるわけだよ。 …今度はあんたがおにいちゃんを守ってやんなきゃ駄目だろう?」 「犯れよ。入れちまえよ。何もためらう事なんてないんじゃねえの?」 重苦しい沈黙の中、動くものは竜崎の首筋を這う紅い血だけだった。 桃色に上気した白すぎる肌の上を、赤が滑る。 相沢は口内に湧き出る何かを飲み込んだ。体が、熱いのか寒いのかわからない。自分は狂気の空間に 置かれて混乱しているのだ。正気を取り戻さねば。お前の名前はなんだ? 相沢周市。職業は刑事。 目の前の白い体は、L。探偵。上司。男。男だ。 この存在に対して、欲望など、抱ける、はずが。 相沢が己の混乱を諫めようと自身を説得していると、竜崎が震える身を起こした。先ほどよりも 呼吸を乱しながら、這う様に相沢に近づく。 「…竜崎……?」 「相沢さん」 熱を孕んだ声で竜崎が相沢の名を呼んだ。 「入れてください」 撃たれた様な衝撃が相沢の心臓を襲った。心臓が止まる、というのはこういう事かと実感する。 「な…なんだと………?」 竜崎の細い指が、相沢のスラックスのプルを摘まんだ。ジリ、とジッパーを下げる音が 背筋を凍らせる。青年達は口笛を吹き、にやにやと見物を始めた。 「欲しいんです……体が、どうにかなりそうです。 相沢さんの、ものでどうか、 …………私の ここを」 竜崎は柱に縛られ座っている相沢の正面を向いて足を跨ぎ、彼の下着からペニスを取り出すとそれを自らの後孔に あてがった。だが無理に貫かれるのと違い、自分から楔を受け入れるにはまだ開ききっていない。 竜崎はその蕾に指を這わせ、双球を自ら割り開く。金髪に注がれた精がぬるりと相沢の先端にまとわりついた。 前の男が放った精液は狭い孔への侵入を助け、ぐぶりと先端が竜崎の中へ入っていった。 「うっ……」 強烈な刺激に相沢がうめく。入り口から、女とはまるで違う。狭い入り口は相沢の先端を型取り、 わずかな隙間もなく密着する。すぼまったそこを押し広げて侵入するその瞬間は、痛い程の快感だった。 「ぐっ……う………」 今度は竜崎がくぐもった声を漏らした。相沢の肩をつかむ指に力が篭る。閉じられた瞼は苦痛を 耐える様にしかめられ、欲しいなどと言った人間の表情ではなかった。 「りゅ…竜崎……!む、無理はするな……はあ!」 竜崎はゆっくりと腰を相沢の猛りきったものの上に沈めていった。みちみちと狭い肉壁を無理矢理拡げながら 竜崎の中へ侵入する。狭いが、男に拡げられた記憶を持つ直腸は相沢の性器を知った様に飲み込んでいく。 眼球の裏に火花が散る様な快感に、思わず相沢は腰を揺らした。 「ああ!! …っ相沢っ…さん……!!う、動かないで…下さいっ……。」 「す、すまんっ…!!」 痛むのか、竜崎が喉を仰け反らせて相沢に命じた。震える腰に汗が滲んでいる。 「わ…私が動きますから……相沢さんは、じっとして……あっ、−−−うぅ……」 ずぶりと根元まで相沢の欲望を飲み込むと、竜崎は動きを止めてはぁはぁと息を吐いた。こんな細い腰に、 自分のものが収まっているのが相沢には信じられない。しかも、こんな器官に。 竜崎は相沢の性器の形を肉に覚えさせようとするかの様に微動だにせず、瞼を閉ざしたままだった。 あの、闇に吸い込まれそうな瞳を隠した竜崎の表情はひどく幼く感じられ、体内の狭さに子供を犯している 様な罪悪感を相沢は覚えた。それでなくとも、これは神にそむく背徳行為だ。 だが相沢は神など信じていない。先祖の墓は寺にあるが、神も仏も世にはいないと思っている。もし神が いるのなら、自分達は今、こんな所でこんな目には合っていない。 息を整えていた竜崎が、ず、と体を上へ動かした。まとわりつく肉が一斉に相沢のそれをねっとりと撫で上げ、 思わず相沢も吐息が漏れる。 竜崎が体重をかけると、またあたたかな粘膜がずぶずぶと相沢を飲み込み、 隙間なく締め付ける。体重をかける竜崎が苦しげに呼吸を荒げる姿は、昔捜査で観た裏DVDの、無理矢理客をとらされ 初めてを散らされる少女を思い出させた。 苦痛だ。この背徳を喜びに転化する術を相沢は持っていなかった。罪悪感ばかりが胸を占める。だが、脳は。 脳は快感を叫び、もっと貪ろうと指令を出していた。 「……ふ、……あっ んぅっ…………!」 苦しげに、だが徐々に甘さを孕んだ呻きを竜崎が漏らし始める。少しは感じてきたか。よかった。 そうでないと、自分は罪の意識で押しつぶされそうだ。相沢は、竜崎が甘く鳴いた箇所を狙ってゆるく腰を 揺らした。 「…………………あああっ………!!」 不意をつかれて竜崎が一際高く鳴く。閉ざされた瞳を見開いて、声を殺していた唇がほどけた。 計算のない媚態に、相沢は自分の陰茎にまた血液が集まるのを感じていた。 神など信じない。 この世に神がいるとしたら、それは死神だけだ。 「あ、相沢さん!相沢さっ…………はぁっ、あ、ああ、あ−−−−−−−−っ」 「……………っぐ…………あっ…………!!」 暴力的な快感が相沢を襲う。相沢も、竜崎も固く瞼を閉ざしていた。 その瞼の裏に見ている闇は同じだろうと相沢は思う。見物客の歓声が遠くで聞こえる。もはやそれは どうでもいい事だった。闇の中で2人は腰を揺らし続け、快楽に熱く溶けていく体をコンクリートの床が無言で 冷やす。 竜崎が無射精で何度か達し、まだですか、もう動けませんと相沢に射精を促した。 この中に出す事だけは避けたいと、あまりの心地良さに数分で達してしまいそうな所を必死で耐えていた相沢だったが、 薄目を開くと、自分に跨り乱暴な情事に疲れた体をゆるりと揺する男と目が合った。 こいつ、いつから見ていたのか。 濃い隈に縁取られた瞳は、あの初めてを奪われた少女から、手練手管の商売女のものに変貌していた。 情事の最中です、と言わんばかりの濡れた瞳と、しどけなく開いた唇に劣情を抱いた自分を認め、観念した相沢は一際強く腰を突き上げる。 瞬間跳ねる竜崎の体の奥深くに、爆発を待ち構えていた精を注ぎ込んだ。 その瞬間、竜崎がひどく無表情だった事は、 またゆるやかに瞼を閉ざして闇を眺めていた相沢が気づく事はなかった。 「すげえなやっぱKIRA効果」 「自分から乗っかりにいったぜこいつ」 見物客の感想が聴こえる。 竜崎は息を震わせながら、体重を支えきれずに相沢の首に腕を回して、抱きつく様に体を預けていた。 相沢は顔を横に背け、床を眺めている。 竜崎がそろそろと腰を浮かし、相沢のものを引き抜くと、開いた後孔からどろりと白濁が流れ落ちた。それは 視線を逸らしている相沢の瞳の端に映りこみ、思わず嗚咽がこみあげそうになるのを相沢は感じた。 青年達はある程度遊びに満足したのか竜崎の手足を再び拘束して転がし、今まで数え切れない犠牲者が 使っていたと思われる薄く使い古された毛布を白い体の上に投げると、 また明日と告げて鉄の扉の向こうへ消えていった。 残された二体の獲物は、無言のままお互いの爪先を眺めていた。 虫の音が聴こえる。天井近くの小さな窓から月明かりが揺れるのを感じる。 それほどまでに静かだった。 口火を切ったのは相沢だった。 「っ竜崎………っ、…すまん……………っ」 「何がですか」 「俺は、…俺は、あんたを………」 「私がお願いしたんです。相沢さんが気に病む事はありません」 淡々と言葉を紡ぐ竜崎は、いつもの様子に戻っていた。 「発情した私があなたを誘った。あなたは縛られていて成す術もなかった。むしろ 強姦したのは私ですよ」 「違う−−−違うだろう!!俺は、あいつらに、……嬲られているあんたを見て、俺は…」 「男同士ではありましたが、セックスを見て興奮するのは普通です。謝る事じゃありません」 なんともない、という素振りでひどく冷静に言葉を放つ竜崎に、相沢は薄気味の悪い違和感を感じた。 違うだろう、竜崎。白々しい嘘をまるで本音の様に言う、そういう所が嫌いだ。そしてその嘘に 安堵する自分も許せない。 辛かっただろう。苦しかっただろう。これ以上ない屈辱に消えてしまいたい位だっただろう。 だが、竜崎はそういった人間らしい感想も、感情もまるで見せない。ああ、そうだそういった感情を見せる事こそが 屈辱なのだ。 相沢は竜崎がまた小刻みに震えている事に気がついた。 「竜崎…まだ、薬が…?」 「いえ、ただ、少し−−−寒いだけです」 薄い毛布は、傷つき丸めた裸の体を温めるには貧弱すぎた。 「竜崎、よければ…その、もう少し側に来ないか」 「…………」 「側に人がいるほうが、少しは暖かいだろう…来れるか?」 腕を背中で拘束されていなければ、竜崎は考え込む様に唇を弄っていただろう。雲が ゆっくりと月の上にかかっていく。冷たい星に綿毛の様な雲の毛布が被さると、ずるずると長い虫の様に体をくねらせて、 竜崎は相沢の傍らへ体を横たえた。 → |