■捕らわれるのは、■


「はなせ」

どうしてこんな事になってしまったのか。
相沢は目の前の子供を威嚇しようと、低い声で解放を命じた。
「おじさんさ、離せって言って離す誘拐犯今までいた?いないでしょ?」
「刑事さんなんだし、そんくらいわかるでしょお?」
頭の悪そうな抑揚の話し方に苛苛する。
子供といっても10代後半から20代前半というところか、そんな青年が2人。だがこんな馬鹿げた事を する奴らは、餓鬼だ。侮蔑をこめた眼差しで彼らを睨み返した。

廃墟となった地方の工場だろうか。コンクリートの床が冷える。周囲は物音ひとつせず、ここが山の中か どこかであると推測する。
相沢の両腕は粘着テープで後ろ手に縛られ、体も後ろの柱ごと、何重にもテープが巻きついていた。 さっきまで青年達は5人だった。拳銃を向けられ、そして一緒にいた人物を撃つと言われ、なすすべもなく 縛られた。
「竜崎は…どうした?どこにいる?」
この状況を招いたのは自分だ。数時間前までは竜崎のホテルの一室で、松田の他愛のない話を聞いていた。

「ですからね、このホテルの近くにミッドタウンがありまして。
竜崎好みのスウィーツパラダイスなんですよ!」
珍しく興味深げに竜崎は松田の話に耳をかたむけている。

「ミッドタウンか…。うちの奴も行ってみたいと言ってたな…」
「そんなに人気のある施設なのですか」
相沢の相槌とも独り言ともとれない言葉に竜崎が反応する。

「あー…なんでも、ベルギーのしょこらてぃえって言うのか?そいつの店で、お持ち帰りできない限定 ショコラアイスがあるらしくてな。それを一度でいいから食べてみたいんだと」
「その気持ちはよくわかります」

真面目な顔でうんうんと竜崎が頷く。全く、ふざけているのか本気なのかわからない。だが、どうやらそれは 真剣な態度らしかった。
「相沢さんはそのお店をご存知なのですか?」
嫌な予感がした。
「う…まあ、うちの奴から散々聞かされてるからな…」
「30分で戻りましょう。」
有無を言わさない物言いは、もう慣れてきていた。相沢は、はいはいとやる気のない返事をすると、椅子の背に かけていた背広を手にとった。


それからは、刑事としての屈辱。
今日はワタリが不在なのでタクシーを、という竜崎に、徒歩10分もかからないからと、タクシー経費を真面目に 気にしたのがいけなかった。
背中にあたる拳銃らしき硬さ。それは竜崎の背にも。
「お前ら、警察だろ」
ガムを噛んでいるのか、粘質の嫌な音をたてながら、若い男の声が言った。
「乗れ。…おかしな真似はするなよ」




「だからねおじさん、おれの友達があのホテルオーナーのぼんぼんでさあ。あんたんとこの仲間が、ラウンジで メールしてるとこ見たわけよ」
金髪の青年が言う。
「キラ対策捜査本部はホテルを転々としてるとか、Lは甘党だとか、そんな内容をさ。」
松田だ。そんな浅はかな行為は松田以外有りえない。何故あいつが仲間として残ったのかと、相沢は腹の中で 知るかぎりの罵倒の言葉を松田に浴びせた。
「でね?おじさん。おれら、キラ賛成派なわけ。キラを助けたいわけ。」

にやにやと哂っていた、腕に安っぽい髑髏の刺青をした青年の一人が、急に凄みのある表情に変わった。相沢の目の位置までしゃがみこむ。

「……教えろよ。Lって誰だよ」

やはりそれか。相沢は口をつぐんだ。そして、返答ではない言葉を口にした。
「竜崎は、無事かと聞いているんだ」
威圧的に腕を組んで立っていた金髪の青年が、後方の鉄製の扉に目を向ける。
「…おーい、そっちのにいちゃん無事?」
どうでもよさそうに聞く青年に苛立ちが募る。そして時々竜崎が、世界を動かす名探偵なのだという事を忘れる 己を呪った。だらしのない格好で、飄々とした態度の竜崎は、つい、そのへんの食えない只の若い男の様な錯覚に陥る。 だから、こんなミスをしたのだ。Lらしくしていてくれれば、タクシーだって呼んだのに。

「こっちが無事じゃねえよ!!」
叫びに似た男の声が言った。重い扉の向こうから3人の男と、それに引きずられるように竜崎が現れた。
「竜崎!」
竜崎は酷く殴られた様子で、やはり後ろ手に腕を纏められ、丸めた背中を更に丸め、鼻と口からは鮮血が白い肌に筋をひいていた。そして相沢を見ると、 ぺっと口内の血を吐き出した。
「やられっぱなしではありませんでしたよ」
こんな時にもへらず口か。そんな竜崎に呆れもしたがひどく安心する。
「あんたも血は赤いんだな…」
「私をなんだと思ってるんですか相沢さん」
場にそぐわない落ち着いた会話に、青年達は少し拍子抜けし、空気に罅を入れようと声を荒げた。
「こいつこんな弱っちそうなのに、騙されたよ!強えよ!見ろよこの痣!」
竜崎と扉に消えた、一番年下らしい背の低い少年が叫ぶ。
「わ〜かわいそ…おれこっちのおじさんでよかったー」
相沢を縛り上げた金髪がけたたましく笑う。それは脳をかきまわされる様な不快な音だった。
「相沢さん、彼らの銃は偽物でしたよ。それに気づいたので私も抵抗しました。…でも、人数的に不利でした。 すみません」
竜崎の言葉にまた相沢は己の間抜けさを呪った。刑事は、実はそんなに銃に触る事も見る事もない。 銃を所持する時も様々な事務手続きが必要なのだ。偽物と見抜いた竜崎は、本物を見慣れているのだろうか。 相沢は自分と竜崎の、現場感覚の違いを嫌というほど味わいながら、なんとか声をしぼりだした。
「…あんたの謝ることじゃねえよ。」

すまない、と相沢が言葉にする前に、スキンヘッドの青年が怒鳴る。
「仲良しごっこしてんじゃねえよ!LだよL!居たんだろ!?あそこによお!」
竜崎は顔色ひとつ変えない。
青年達は今度は竜崎に視線を向けた。スキンヘッドが田舎物の不良がするように、極限まで顔を近づけて竜崎の額に頭をこすりつける。
「…お前はなんなの?警察?じゃねえよな…まっさかLなわけないし…」

相沢は、およそLらしくない竜崎に今度ばかりは賞賛の念を送った。
「この子は、俺の親戚で東京に遊びに来てたんだ。観光がてら案内するところだった。関係ない!」
自分にしては上出来と思われる嘘をついた。だが、嘘や詭弁に慣れた青年達を騙すまでにはいかなかった。

「そうだとしてもさ、ホテルの部屋はトモダチに調べてもらったし、こいつやあんたや、メールしてた奴とか… 色々そこに出入りしてるとこ見てるんだよ。甘ったるいルームサービスを何度も頼んでんのも割れてんだよ。 間違いなく誰かがLなんだろ?にいちゃんも、見てんだろお?」

「知りません。私は上京したてのただの田舎者です」
しゃあしゃあと竜崎が言ってのける。そして相沢の腹部のあたりをちらりと見た。
バックルだな。無理だ、押せない。あやしい真似はするなと車に連れ込まれてから、手はすぐに縛られた。
それは竜崎も同じだ。竜崎は小さく溜息をつき、仕方ありませんねとつぶやいた。