■清潔な部屋■



僕の部屋に来ないか。


夜神月の誘いは覚悟していた。いつか招かれるだろう、そうしてあの映像を見せられるのだろうと。 私は迷うそぶりを見せたが、実際二つ返事で誘いに応じた。

夜神月はキラだ。間違いないだろう。Lと名乗った私への奇妙な執着、それ以外は不自然な程隙のない 日常生活。どこをとっても彼はキラに相応しかった。部屋へ入る事は陵辱を受け入れる事に他ならなかったが、彼への興味が脳の制止を 振りほどいた。

今、最も興味のある犯罪者、キラ。その心理が知りたい。
情報だけで心理など推測できるが、今回の相手は初めて生身を晒す程真剣になれる初めての犯罪者だ。 生の心理が知りたいと強く思う、こんな自分は初めてだった。
この身を使って捜査しているのだ−−−−−己にそう囁く。体など、好きにすればいい。自在に羽ばたく 精神さえ侵されなければ私自身が傷つく事などないのだ。思考はどこまでも飛んでいける。体というものは 重たく、とても不自由だ。そんなものは、どうでもいい。


どうでもいい。
もう一度腹の中で呟くと、私は夜神と大学の門を出た。



「どうぞ。甘いものが好きなんだよね?友達が来るって言っておいたら母さんがケーキを焼いてくれたよ」

夜神が人当たりのいい笑顔で私に話しかける。私はきょろきょろと玄関を見渡した。夜神家の中など散々 モニターでチェックしていたが、実際に足を踏み入れると家の匂いというものを感じる。
靴ひとつ出ていない、すっきりした玄関。飾ってある可愛らしい花の香りが鼻腔をくすぐる。なんとも平和で 幸せな家庭の香りだった。

「母さん、母さーん!…あれ?でかけてるのかな?じゃあ僕がお茶の準備をするから」

白々しい。元々出かける用があったのだろう。夜神が計画性なく私を招待するなどありえないが、とりあえず その演技に乗ってやる事にする。

「夜神くんの淹れるお茶ですか…心配です。お茶はリーフの量や時間など、とても繊細な注意を払って淹れるものです」
「そう心配するなよ。悪いけど、ティーパックだから。一応フォションだから口に合わなくはないと思うよ」

フォションのティーパック。夜神家の裕福さと、母親の庶民的な性格が窺える。 夜神は母親の趣味であろう可愛い動物柄のティーセットを棚から取り出し、いそいそとお湯を注いだ。

「なんだか、初めて彼女を部屋に呼んだ男みたいですね」

「お前が彼女?はは」

夜神が薄く笑う。

「まあ、やってる事は似てるかもしれないけどね」

奇妙なまでに美しい夜神の微笑みを、私は打ち返す様に無言で見つめた。

「先に上がっててよ…二階の、僕の部屋 知ってるよね?」



夜神の部屋は清潔だった。
ぴしりと畳まれた布団、皺のないシーツ。机の上に無駄なものは何も無い。床は、塵一つ無いとはこういう事かと 唸りたくなる。裕福で暖かい家庭の、清潔な部屋に住む天才児−−−−
私は完璧にベッドメイクされたシーツにうつ伏せに転がり、その白い布に皺を寄せた。ほのかに香る夜神月の匂いを感じ、 わずかな香りに気づく程その香りを知っている自分を薄ら笑う。 そしてその皺を足で更に掻き回しながら、ずるずると起き上がり壁に背中を着けて膝を抱え、彼を待った。

「お待たせ」

甘い匂いを漂わせるトレーを抱え、夜神がドアを開けると同時に眉間に皺を寄せる。

「ひどいな流河…。ぐしゃぐしゃじゃないか」

「どうせこれからぐしゃぐしゃにするのでしょう。いいじゃないですか」

私が事も無げに答えると、夜神の美しい口元が左右に延びた。

「そうだね」


これを、笑顔と言っていいのだろうか。


彼は笑顔を作る事に慣れている。


この家庭で、彼がどんな気持ちでこの笑顔を作っているのか、その笑顔を家族はどう思っているのか。 どうしてキラは生まれたのか。

今日知りたいと思った事はほぼ読めたのでもう帰りたいと思ったが、先ほどの私の挑発に煽られた夜神が そう簡単に帰してくれるわけはないだろう。元々、覚悟してきたのだ。私は相手の出方を窺う様に爪を噛みながら夜神を見上げた。

「…そうだね、でもね流河。最初からシーツがくしゃくしゃだと萎えるんだよ。」

突然頬に衝撃が走る。右頬に強烈な平手をくらうと同時に夜神の肩を蹴り飛ばした。お互いやや体勢を崩したが、 踏みとどまった夜神が体当たりを食らわす様に力任せに私をベッドに押さえ込んだ。

「…するならさっさとして下さい。私も忙しいんですよ」

夜神の表情が一瞬曇ったのが不思議だった。彼もそういうつもりで私を呼んだのであろうに。

「わかったよ。お前がその気になってるなら、−−−好きにさせろ。L」





机上のパソコンから自分の喘ぎ声が聞こえる。
瞳を見開き、股間をまさぐられて息を詰めている醜悪な姿。

「はは。イッた」

小さな画面の中で達する私を見て、さも楽しそうに夜神が笑う。排泄の為の狭い個室の映像を眺める今の私は、 夜神の膝の上に抱き上げられ、服を半端に乱して後ろから性器を嬲られていた。
敏感な部分を執拗に攻められ、映像の中の白濁を放つ自分に数分先の未来を見る。

「どう?感想は」
「……退屈です……」
「といいつつ勃起してるじゃないか。興奮してるんだろ?」
「ここを…、そんな風にっ…弄られれば、こうなるのは普通です………」
「はは。僕は面白いよ。傑作ムービーだと思うけど」
「悪趣味を、競うコンペティションに…なら、応募できそうですけどねっ…」

夜神は会話を進めた。甘い疼きに途切れる私の言葉を楽しんでいるのだ。努めて冷静に言葉を放とうとしても、 声の震えは止められなかった。満足気に私を眺めているだろう夜神の視線に気づかない振りをする。

「自分のあんな姿、流河は興奮しないかい?」
「何…を、…こ、んな貧相な男の体を見て…?…っ夜神くんじゃ、あるまいし……あぁ!」

鈴口を指の腹で強く擦られ、思わず嬌声があがる。
仰け反った自分の目が、後ろから私を抱く夜神の表情を捉えた。
夜神の唇がゆっくりと緩む。これは、笑顔だ。

なんと楽しそうに微笑むのだろう。新しいおもちゃを与えられた子供の様な…いや、これは。

蟻を踏み潰してまわる子供の顔だ。

彼は、私を陵辱する行為を心から楽しんでいる。

なんと幸せそうな、なんと怖ろしい顔だろう。

これが美しい夜神月の、真の笑顔。

「お前の言う通りだよ。こういう事は女の子にすることだよね?…僕がおかしかった」

夜神は立ち上がるのさえ優雅な動きでベッドを降りると、隣の部屋へ消え、洋服を抱えてやってきた。紺色の、 日本の女子がよく着用しているそれは、

「なんですかそれは…」

「見てわかんない?紗裕の制服のスペア」

わからないわけはない。行動の意味を問いただしたのだ。

「だからね、流河が女の子になればいいんだよ。これを着て」

歪んだ喜びに夜神の口元がほころぶ。

私は大げさに溜息をつくと、体内に篭る快感に震える指で自分のシャツの裾を摘まんだ。