■キッスは眼にして■ 「…松田いや松田さん なんですかこれは」 広い捜査本部に竜崎の冷たい声が響く。 「いいじゃないですか!たまには息抜きしましょうよ〜!!」 松田さんは山ほど酒を抱えていた。近くのコンビにで買ってきたらしい袋には安い発泡酒にカクテル、他にも これは上等とわかる箱入りの日本酒。 「どうしたんだ松田…これ…」 呆れた声で相澤さんが聞いた。 「どうって、さっき荷物を取りに所に戻ったら同期に会いまして、いただきもののコレをわけてくれたんですよ! いいお酒ですよ〜久保田の碧寿!」 やれやれと相澤さんは額に手をあてた。僕も小さくため息をつく。 「松田さん、僕らはキラを追っているんですよ?酒盛りなんてしてる場合ではないんじゃないですか」 僕が真顔で諭すと、松田さんは口を尖らせて寂しそうにつぶやいた。 「固いなあ月くんは…いまどき未成年でも大学生なら酒くらい飲むでしょ?」 「松田!うちの息子に法律違反をさせる気か!?」 父さんが本気で怒る。慌てて松田さんは皆を見渡して、小さな声で言った。 「だって…みんな根詰めちゃって、休まないと体に悪いですよ。特に竜崎…」 本気で心配そうな眼差しを、不健康な瞳の痩せた名探偵におくる。 竜崎は酒の箱を興味深そうに開け、栓をひねった。クンと鼻をひくつかせる。 おそらく捜査本部の皆が久々に嗅ぐ、アルコールの魅惑的な匂い。 物欲しそうに竜崎が指を咥え、つぶやいた。 「…あまいにおいが、します」 「あ、竜崎日本酒初めてですか?久保田は辛口のほうですけど、日本酒は基本的に甘い酒で」 「飲みましょう」 松田さんが言い終わらないうちに竜崎が宴を決めた。 お前、丁度本部に甘味が切れたところだったからって。 「一番松田桃太!うたいまあ〜す!!」 普段は本部のメンバーが交代で眠る時間、宴は続いていた。 「まあた松田の下手な歌が…」「ええ?結構僕自信あるんですけど!」 「陶酔しきって歌うのがきもちわるいんだよ!」 相澤さんは散々だ。そこそこ酔っているらしい。父さんは日本酒を少しだけ嗜み、全員酔いつぶれてはいけないと ばかりに素面を保っている。僕は…実は正直、あまり強くない。 竜崎はストロベリーのカクテルにレモンチューハイなど、松田さんがコンビニで買ってきた甘い酒をぐいぐい たいらげた後、冷酒用のガラスの徳利をつまんで手酌で久保田をちびちびと舐めていた。 「月くんは飲まないんですか」 「…僕は未成年だからね…」 「そんな事言って、本当は弱いんじゃないですか」 ああ、そうだよ。なんだか悔しい。竜崎は甘い缶入りの酒を6本たいらげたあとも顔色ひとつ変えていない。 既に日本酒だって… …。 「おま… ちょっと、その徳利何回目だよ!!!」 徳利ばかり見ていて気づかなかったが、一升瓶はほぼ底をついていた。 「うまいれす、これ」 「れすって言った!!」 松田さんが目を丸くして叫ぶ。 「松田さんですか!こいつの徳利になんども酒を入れたのは!」 まるで子供を叱るように僕が声を荒げた。 「だって…竜崎、あんまり美味しそうに飲むから…」 「松田。もう一杯くらさい」 「くらさいって言った!」 「松田!いちいち実況するな!」 相澤さんが怒鳴る。 竜崎はいつものとぼけた目つきで、まるで酔っているようには見えなかった。…が… あからさまに ろれっている ………。 「おいしいれすよ月くん。ちょっと辛いけど、それが甘さをひきたてまふ」 綺麗な指につまみあげられたお猪口は、唇に触れると半分はその口内に、半分はだらしなくこぼれて首筋を伝った。 それを指ですくい、指ごとしゃぶる。酒に濡れた唇に吸い込まれ、出し入れされる指を、皆が注視した。 「いやー…実は前から思ってたんですけど、竜崎の指ってなんかいろっぽいですよね…」 「なにを言ってるんだ松田!」 相澤さんが松田さんの頭をはたく。赤い顔して。…おい…。まさか、皆そう思ってたんじゃないだろうな…。 模木さんを見ると酒以外の要因も明らかな赤面状態だ。と、父さんは……。 とうさああああああん!!なんだその潤んだ瞳は!! 「らいとくんも味見してみまふか」 「竜崎…お前相当酔ってるだろ…」 僕を無視して、竜崎がふらりと椅子から足をおろして立ち上がる。お、おいなんかゆらゆらしてるって。 ふらつく足で僕の方へ向かってくる。僕はつい、濡れた唇を凝視していた。凝視しすぎたせいか 唇がクローズアップされたみたいに大きく見える。なんか目の前に…って目の前だよ! そう思うか思わないかのうちに、竜崎の腕が僕の頭をかかえ、薄い柔らかい唇が、僕の唇を、ふさいだ。 「−−−−−−−−!?」 全身が硬直する。みんなも石化する。 竜崎の舌が僕の唇を割り開き、差し込まれる。竜崎はいつもの様に、僕は驚愕のせいで、僕らの目はまん丸に見開いていた。 僕のひきつった舌にねっとりと細長く熱い舌がからみつき、 その気持ちよさに足が震えた。ああ、父さん、もう真っ白な灰になってる…。 竜崎のキスは濃厚で熱く、いつもの醒めた態度の人物とは思えなかった。唾液が僕の口内にそそがれ、 舌を吸われる。僕は、相当まぬけな顔をしていたんじゃないだろうか。 「りゅ、りゅうざき…なにしてんスか…?」 松田さんが瞬きもせず聞いた。ちゅるりと舌が引き抜かれ、僕は数歩よろめいた。 「なにって。お酒の味見をらいとくんに。まつださんもしますか?」 「え、え!?」 既に頭をがしりと抑えられ、松田さんがなにか言おうとした口を竜崎が塞ぐ。 瞬間体を跳ねさせた松田さんは、一度唇をぽんっと離すと 「りゅ、りゅりゅうざきーーーーー!」 と叫ぶやいなや竜崎の背中を掻き抱いた。 「まつださん…」 竜崎がこたえてる!!腕を松田さんに回してる!そして…うっとりと舌をからめあっている…!! 「あいざわさん」 長いキスの後、とんと松田さんを突き放すと、今度はくるりと相澤さんに目を向けた。 これは……… キ ス 魔 …………。 「い、いや俺はいい!俺はいいから!」 「遠慮なさらず」 「妻と子供がああ!」 僕は呆然と事態をながめていた。松田さんはポワ〜ンと宙を見ながら床にへたりこんでいる。 相澤さんは結局竜崎の舌技に負け、抗おうにも抗えなくなっていた。 ど、どうしよ位置的にこのままじゃ次の番は父さんだ…父さん、馬鹿正直だからキスなんてしたら母さんに 頭下げて話しちゃいそうだよ! 僕が家庭崩壊の心配をしていると、竜崎は腰砕けになっている相澤さんを放し、いきなり自分のシャツをめくりあげた。 「わあああああ!!」 その場にいた全員が叫ぶ。 「なんだか暑くなってきました」 青白い腹が反り、シャツを脱ごうと上体を揺らす。腰にひっかかっただけのジーンズからは下着が少し覗き、 足の間の中心へ向かう股関節の線が、その先に息づくものを嫌でも思い出させた。 あわわと皆が竜崎を見つめる中、その竜崎の動きがぴたりと止んだ。 「ぬげません…」 そしてまた、頭でひっかかったシャツと格闘をはじめる。肩までめくりあげられたシャツのせいで、上体はほぼ むき出しにされた。白い体に薄紅色の乳首が色づく。ただの痩せた男の体だと思ったら大間違いだ。竜崎は時に 激情をかきむしられる程色っぽいのだ。唇をいじる指の動き、指を甘噛む仕草、しっとりした黒髪から垣間見える白い うなじ。そんな事を感じるのは僕だけかと思っていたのだが…酒のせいか?露になった乳首に、みんなの喉が ゴクリと鳴った。 そんな様子も知ってか知らずか、シャツを引き抜こうと竜崎がほのかに上気する体をゆらし、腰をくねらす。お、おい、まずいよ、 その動き!! 「りゅうざあきいいい!!僕もう!」 「まつだあ待ったーーーーーーーーーーーー!!」 父さんが物凄い形相で、竜崎に飛びかかろうとした松田さんの襟首をつかんだ。僕はそれを尻目につかつかと 竜崎に歩み寄り、スポッとシャツを引き抜いてやった。 「あ ぬげまひた。ありあとうごらいます」 お礼に、とばかりに竜崎がまた少し唇をひらき、僕に顔を寄せる。…ここはひとつ、よけきれなかったふりをして、 据え膳食わぬは武士の恥、か。僕がしっとりと口付けられるのを期待していると、寸前で竜崎は動きを止めた。 「りゅ、竜崎?」 「下も暑いでふね…」 「!!」 細長い指がジーンズのボタンにかかる。それはさすがにまずいだろう!! 「竜崎!お前は酔ってるんだ、部屋に帰ろう!」 僕はいささか乱暴に手錠を引っ張り、竜崎をひきずって僕らの部屋へ向かった。3人分の安堵のため息と、松田さんの 残念そうなため息を聞きながら。 → |