■ 歌姫 ■ 凍てつく風が肌を嬲る。 真冬の北風は、4年ぶりの外出となる玩具には刃物よりも鋭く感じるだろう。両手から重く垂れ下がる 鎖にカモフラージュのマフラーを巻き、手首の枷が見えぬ様指先まで隠れるマントを羽織らせた。 「寒いか」 返事は無い。神が捨てずにいたらしい、どうやら本人のものらしき薄汚れたスニーカーを履いた足を引きずり、 時折びくりと肩を震わせながら地面に視線を落として歩いていた。 −−−−体を縮こませているのは寒さのせいではない。 何かに耐え切れず、はあ、はあ、と吐き出される熱い吐息が凶暴な冷気に触れ、凍る。 もっと大きな音で玩具の声が聞きたい、という神のご指示があったのは2日前だ。マンションに 備え付けた録画装置に付属するマイクでは限界があった。いつも以上に玩具を焦らし、責めたてて悲痛な声を 上げさせてみたが、神はご不満の様子だった。 ならば、趣向を変え必ずや神を至福の境地にご案内致しますと宣言したのは、巨大な張り型を尻穴から 突出させた状態で玩具が意識を失った7分後の事だった。 それから4時間。 「いらっしゃいませ。2名様ですか?」 色の黒い女がやる気のない声で尋ねた。廊下の向こうには小さな扉が無数に並ぶ。それぞれの小部屋からは 僅かに重低音や甲高い歌声が漏れて薄暗い店内に響いていた。 「ただいまお昼のコースで4時間歌い放題となっております。ご注文などございましたら インターホンでスタッフへお知らせくださあい」 如何わしいサイトで下調べは済んでいた。ここの店員はこの、さぼる事しか考えていない若い女と、 厨房でTVをぼんやり見ている30代の異国の男。「遊ぶ」ならうってつけのカラオケボックスという事だ。 私が玩具の背中を押すと、玩具は「う」と喉奥から小さな声を漏らした。乱れる呼気は、ネイルが剥げた 爪を気にしている店員に気づかれる事なく私達は最奥の小部屋の扉を閉め、玩具のマントを剥ぎ取った。 中は全裸だ。おもちゃである事を示す無数の痣が白い肌を埋め尽くしている。 「苦しいか。一歩あるく度に感じて辛かったか?」 「………抜いては、もらえませんか………」 「神からの賜物を大切にするべきだろう…そうだろう、L」 「ぅっ…ぅあ、あふ…… −−−−−−っ」 先日神から届いた細めのアナルバイブのコントローラーを微細に弄ると、玩具は腰をよじって甘く 濡れた声をあげる。密室に戻れた安堵からか、公衆の面前を歩かせた時の緊張した様子はなりを潜め、 ぶるぶると尻を震わせながら 麻薬に犯された病人のようにとろりと溶けた視線を宙へ向けた。 醜悪だ。 4年の歳月をかけて仕込んだんだ、こいつは色情狂だよ、と艶やかに微笑んだ神を思い出す。 その時も両腕を高い位置で鎖に絡め取られていた玩具が、ちらりと私を一瞥し、狂っているのは あなた方でしょう、と我々を冒涜する言葉を吐いた事を思い出す。 そんなときも神はお優しかった。にっこりと美しい笑顔を玩具に向け、グロテスクな機械仕掛けの 男根を玩具の菊座にゆっくり押し込んでいくと、玩具は暗い沼のような瞳を見開き、あああ、と 何か失態をしでかした時の様な絶望的な声をあげた。 なにに絶望しているのか、それはすぐにわかった。この痩せた男は、自分がこの様な行為に 感じている事を認めたくないのだ。我々と目を合わせないのがせめてもの抵抗らしかったが、 そそり立つ陰部は歓喜を叫んでいた。 神は、快楽の僕(しもべ)となったにもかかわらずそれを拒否する、この男の姿をお喜びになるのだ。 そしていつも最後には、快楽に負け敗北の言葉を口にする男を見て、私に「よくやった」と お声をかけてくださる。 こいつの泣く姿は僕の生きる糧だ。よろしく頼む、魅上。 神は私を認めてくださっている。 そのお心に答えねばならない。 ビデオを設置し、レンズが玩具をとらえる。適当に曲を選び背景に流した。あ、あ、と うめく玩具の声が音楽に乗る。 「ふ……… ぅ…………」 玩具は絶頂が近い事を知らせるように胸から大きく息を吐き出した。 街中を歩かせる事を告げた時は酷く抵抗した玩具だったが、長い外出から解きほぐされた安堵から、 深くなった快楽を追い始めた脳はすっかり蕩けきっている。 神が求めているのはこんな玩具の姿ではないだろう。 神はいつもより大きな音で聞きたいと仰せなのだ。私はびくびくと興まりはじめた玩具を尻目に コントローラーを最弱にセットした。 「あ………!?」 物足りない刺激に玩具がたまらず声を出す。 「何だ」 目尻を紅く腫らしながらも、玩具はきつく私を睨んだ。 「……なんだその目は。不満なのか」 「あぁああああぁ!!!」 突如痛い程の強い刺激に玩具は背筋をそらし背骨を浮かせた。行き場を失いかけていた快感が また男根に流れ込み、むくりと質量を増していく。涎がぽたりと玩具のだらしない唇から零れたのを 確認すると、私はまたスイッチをOFFにした。 「−−−−−−−−−−−−−−−−−−−っ!」 強気な玩具の瞳は、いまや首を落とされる憐れな兎のそれに似ていた。は、は、と獣じみた声を漏らし、 堪えきれずに私を見る。男として射精を制御される事は拷問より辛い。玩具は涎に濡れた下唇を 噛み締めると、視線を床に落として呟いた。 「……もう、やめてください…………」 「何だと?」 ちらと玩具が私を盗み見る。だがすぐに視線を床に戻し、やや長めの黒髪が顔を覆った。 「はっきり言え。神のお耳に届くように」 玩具は答えない。私はまたじりじりとスイッチのレベルを上げ、そして下げた。 「や、やめ、て…………も、もう……あっあ゛、ん…… もうっ………!!」 そうだ。叫べ。懇願しろ。神の望みはお前の惨めな姿。 「もう、何だ」 達する事の出来ない微妙な強さで玩具の内部を刺激し続ける。玩具はひくひくともっとくわえ込むように菊門を 収縮させると、観念したのか消え入りそうな声を搾り出した。 「もう、イカせて… ……。 イカせてください………」 辛さも極みを超えたのだろう、玩具は血の滲んだ唇を更にきつく噛み締めると、 伏せられた瞼の間から、つ、と涙が一筋零れ落ちた。 屈服の涙は神お好みの雫だったが、今日は趣向が違う。私はコントローラーのスイッチを切ると それを机に投げ出し、流れる音楽のボリュームを上げた。 → |