■痴態電車2■

流河。L。闇の底のような瞳の男。
「私はLです」だって?この僕に初めて敗北感というものを 感じさせた、あいつ。畜生。どうしてやろうか。あいつにも同じ気持ちを味わわせてやらねば気 がすまない。キラとしてではなく夜神月として。流河がこけにしたのは「僕」だ。入学式のあの 日、僕はただの18歳の夜神月の顔をしていただろう。あいつはまるで、キラという名が装束で あるかの様に僕からキラを剥ぎ取ったのだ。あのたった一言で。
これまでの人生で初めて受ける屈辱だった。

あいつも。姿勢の悪い痩せこけた、ただの流河という男にしてしまおう。世界のLという衣を剥 いでやろう。それが僕の勝利。いや、もう一度同じ位置に立つ為に必要な条件。だがその為には どうすればいいのか、見当もつかなかった。

僕はこの2週間、そんな事ばかり考えていた。
いくらキラとして犯罪者裁きをしても落ち着かな かった。大学1年生の1学期はほぼ毎日授業がある。流河は選択授業も僕とまったく同じものを 選び、毎日毎時間顔を合わせる。合わせるどころかあいつは僕にぴったりくっついて、「主席2 人は親友」とまわりに思われるまでになっていた。

大学ではまるで気が抜けない。通学時間だけはデスノートの事も考えず、読書や車窓に目をむけ 心をゆったりした時間の中においていた。

…4日前までは。



なんだ?あの時の流河の顔。
いつもの無表情が、がんばっちゃって、唇噛んで。白い肌をわずかに紅色に染め…
快感に耐える。
はは。傑作だ。僕の指の動きに素直に反応する。あの流河が!

最初は悪ふざけだった。いつも人との接触を避けている流河が、他人と密着し居心地悪そうにして いる様が少し愉快で、もっと気分を悪くさせてやろうと手の甲を奴の股間に押し付けた。男の股間 なんて布の上からでも触りたいものじゃないけれど、流河が少しでも嫌な心地になるなら、手の甲 が触れる程度だ、さほど躊躇はなかった。
おそらく、あるかないかわからない薄い眉を寄せて不愉快そうな顔をして「満員電車って最悪です ね」とか、そんな悪態をつくだろう。普段なにもかも見透かす様な目をして、人を喰った態度の流 河が困っている様なんてなかなか見れるものじゃない。

もちろんこんな幼稚な行為は、悪ふざけ以上の意味はない。こいつに味わわせたい屈辱感は、もっ ともっと、こいつの高慢な瞳に涙が浮かぶくらいのものでないと。だからこれはちょっとした遊び。
それだけだ。それだけのつもりだった。


だが、流河は意外な反応を示した。こいつは、僕の手に 感じていたのだ。


それを隠すかの様に無表情を装おうと必死に唇を噛んで、瞳をわずかに潤ませて震えて。

それはまさに僕が見たかった流河の無様な姿だった。






「お待たせしました」
「遅いよ流河。あの教授厳しいのに…遅刻じゃないか」

駅の改札前に、いつもの何を考えているかわからない目をした流河が現れた。僕らは電車が混まない 2限の授業の日に待ち合わせ、一緒に登校する約束をしていた。座って車窓を眺めながら、ゆっくり 話でもしようなんて誘って。無論僕から。流河は案外簡単に誘いに乗ってきた。この間のことは悪ふ ざけだという僕の言葉を信じ、何食わぬ顔でまた僕がキラであるか探ろうと思ったのだろう。こいつ は絶対僕の事を入念に調べ上げている。中学からの女性関係は調査済みだろう。僕に男性への性的嗜 好が読みとれるデータは、ひとつもない。

「車が予想外に混んでいまして。先に行ってもよかったんですよ」
それじゃ面白くないじゃないか。
「まあ仕方ないよ。さっき僕らが乗る路線で車と列車の衝突事故があったって。それで急に渋滞した んじゃないかな」
「そのようですね…」

普段、この時間帯なら人間的な混み具合のホームも、事故の為ダイヤが狂い、早朝のラッシュ時ほどではない にしろ人でごったがえしていた。流河がうんざりした顔を見せる。

「日本の電車はダイヤを守る事に関しては世界でもトップの水準にあると思っていましたが、やはり こういう時は弱いのですね…」
「まあね。よくある事だよ。」
「最悪です。夜神くんには申し訳ありませんが、もう明日からは車通学に戻します」
「そう。残念だな」

本当に残念だ。じゃあチャンスは今日しかないというわけだな。
いや、今日事故が起きてよかったかもしれない。はんぱに混んでいて僕が何もできないのに、流河が もう電車に乗らないという可能性もあったわけじゃないか。

<3番線に列車が来ます。白線の内側までお下がりください>

電車がホームに入る。既になかなかの混雑だ。扉がひらき、人の渦にまきこまれながら僕らははぐれ ない様、体を寄せ合いながら中に押し込まれた。そして扉が閉まる。そして開かれるのは、

欲望渦巻く密室空間。