■痴態電車■


「本気ですか竜崎?」「ええ。今日は送り迎えはいりませんワタリ。電車に乗って大学へ行きます」

東応大学に入学して2週間。
構内ではできる限り夜神月と一緒に行動している。だが今のところ、 彼はキラである様な行動は示さない。まあ私の大学入学は夜神月を牽制する事が目的だったのだか らこれはこれでいいのだが、これだけ行動を共にしていれば仮面が剥がれる瞬間もあるのではと思っ ていたのだが…。想像以上に夜神月は慎重で、賢かった。
考えてみると、大学構内では確かに行動を共にしているが、通学時間彼は自由だ。もしかしたらこの 時間に秘密があるのかもしれない。
捜査本部の誰かに尾行を命じても、夜神総一郎の息子である彼を尾行など確実に拒まれるだろう。
そもそも、彼らに夜神月の綻びを発見する事など期待できない。


−−−私がやるしかないのだ。



<3番ホーム、発車致します。かけこみ乗車はお止めください>

ホームにアナウンスが響く。人の渦に飲み込まれる。こ、これはすごい…。日本の電車は世界でも 類を見ない混雑っぷりだとは聞いていたが…。狭い車内に人の肉が押し込まれ、隙間などない。だが 皆涼しい顔をしている。涼しいというか、もはや諦めに似たものだろうか。
べとりと張り付く他人の 体が気持ちが悪い。日本人を気の毒に思った。


尾行していた夜神は一応同じ車内にいたが、人波に流され、やや離れた位置にいた。
しかしこの混雑 では彼も何もできはしないだろう。それとも朝のこの時間だけがこの混み様なのだろうか?私は1限 のある日を選んだ事を後悔した。
今ここから私にできる事は遠くの彼の横顔を眺めるくらいだ。夜神は諦めというより涼しい顔をして いた。この混雑をなんとも思わないのか。いや、端正な輪郭がそう思わせるのだろう。こうして改め て見ると美しい顔をしている。他人に体をかこまれ身動きできない状況で、しばしぼんやり彼の顔を 眺めながら車体の揺れに体をまかせていた。


「なにすんのよ!!変態!!」

じっとりした空気のあたたかさに眠気を誘われ、ゆらめいていた意識が甲高い女の声で現実に引き戻さ れた。10代後半ほどの少女が私の右手を掴んでいる。
「は…?なんのことでしょうか?」
「今、今あたしのお尻触ったでしょう!!わかってんだからね!」
「触っていません。それにこの混雑では私の腕は動かし様がありません。故にあなたの勘違いです」
人々が少しずつ体をずらし、私と少女を取り囲むように空間ができる。たくさんの目が私を見ていた。
「なんだあの男の目つき…ありゃ痴漢だよ」「間違いないな。めちゃあぶなそうだしな」
ひそひそと私を観察する声がさざめく。私が…痴漢?そんな馬鹿な。

「そいつは触っていませんよ。僕見てました」
柔らかな声が響いた。
「夜神くん…」
「彼は僕の友人です。な?流河。お嬢さん…確かにこんなに可愛ければよくそんな目に合ってしまうのかもしれない ね。可哀想に…でも彼はそんな人間じゃない。もしなにかご不満があれば東応大学へ連絡を入れて下 さっても結構です」
東応大学という名が聞いたのか、夜神の女心をくすぐる物言いの為か少女は口の中で何かぶつぶつ言い ながらそれ以上私に文句は言わず、次の駅で降りていった。

「夜神くん たすかりました」
「ははっだって流河がそんなことするわけないしね。でもびっくりしたよ車はどうしたの?」
「私だってたまには電車くらい乗ります」
「嘘っぽいなあどうせ僕を尾行でもしてたんだろう?」
「…そうです」
想像通りの会話、私も彼も動じはしない。込み合った電車の中で向かい合わせに立ち、息さえ顔にかか る状態での探りあい。これは面白い。この状況をプロファイリングにいかせないか?

思考をめぐらせようとするが、どうもいつもの膝をかかえた姿勢になれないので頭が働かない。それに 体にはりつく肉達が気持ちが悪い。夜神の体も他の体に押されべっとり私にまとわりつき、動かない。

<しばらく揺れますのでお気をつけください>
車内アナウンスが無駄に響く。この状態で何をどう気をつけるのか。

ガタタン。

電車が大きく揺れた、途端にゾクリとした感覚が下半身を襲った。

夜神の右手の甲が私の下腹部に当たっている。

ガタタン。タタン。

電車の揺れに合わせて夜神の手がぐぐっと押し付けられた。

「っ…夜神くん…」
私は小声で彼の耳元で囁いた。「何?」「手、ちょっとずらしていただけませんか…」
「無理だよ。こんなに混んでるんだよ?」
何を言っているんだという態度の夜神に、私も諦め、少しでも離れようと身を捩った。だが、それがまた 股間への刺激となり、奇妙な痺れをおこさせる。仕方なく動かずにいると、電車の揺れに合わせるかの様に 夜神の甲が、一定のリズムで私の中心を撫で回した。

血が中心に集まるのを感じた。甘い疼きが下半身を圧し始める。
まさか、こんな大勢の他人の前で、私の体は羞恥を知らないのか?さざ波の様に打ち寄せる甘さを理性で跳ね返そうと、私は無表情を装った。 無表情というのは大きな意味がある。人間はただ口元を引き上げて笑顔を作るだけで、脳には笑った時と同じ快楽物質が分泌される。 無表情も同じだ。何も感じていないと、脳を少々騙す事ができるのだ。
心を落ち着けて私は夜神を見据え、言いかけた。

「夜神くん、無理は承知で言いますが…」「まさか流河」

夜神がふっと息をはきながら私の耳元へ唇を近づけた。
「感じてんの?」

耳の中に熱い吐息が吹き込まれる。
なまぬるい寒気が背筋を襲い、全身が粟立つ。
「なに…馬鹿な事言ってんですか」「でもなんか、おっきくなってない?ここ」「!」
夜神の手が窮屈そうに裏返り私の下半身を掴む。そこは、言い訳できない状態になっていた。
「ちょっと手が当たっただけなのに、流河ってばやっらしー…さっきのも本当に痴漢してたんじゃないの」
「ふざけないでください…」
「うんそうだね、ちょっとふざけちゃった。ごめんよ…なんとか手ずらしてみるからね」

夜神の声に安堵しながらも、自分の体の変化に慄く。
今までここを他人に触れさせたことなどない。
たまに自慰はするが、空想に耽り快楽を得る為というより、それはむしろ速やかに眠る為に行うものだった。 よく知った自分のものを、どうすれば手っ取り早く達するか。わかりきったあっさりと淡白な自慰行為。普段眠る間もない程 忙しく、疲れきった体が求めるものはその程度。

私が欲するのは性的なものよりも、犯罪者を追い詰めた時の勝利で得られる満足感。それこそ快楽だ、と。

だから自分の体の反応が意外だった。
他人から受ける刺激は予想できず、反射的に快感を脳が受け入れる。計算されつくした自慰とはまるで違う、 おおきなうねりが背筋を激しく痺れさせる。
「ふっ…!」
夜神の掌が下半身を掴んだままゆっくり上下しはじめた。動揺を隠そうと唾を飲み込み、彼を睨んだ。
「夜神くん、私、手をずらしてって言いましたよね?」
「ずらしてるじゃないか。ほら、こうやって」
掌が上へ上へ移動し、指がジーンズの布ごしに敏感な部分を小刻みに押した。私は唇を噛んで思わずのけぞった。やめろ。 お前も。反応する自分も。だが内から湧き上がる快感のうねりに、行為に不慣れな体は反射的に震えてしまう。

そうだ。これはただの肉体の反射。考えるな。それだけのことだ。

「どうしたの?流河。なんかおかしいよお前…僕は何もしてないのに。 電車が 揺れてるだけだよ?」

馬鹿馬鹿しい。揺れているだけだと?あきらかにお前は私を、

そこまで考えて、私は脳に思考停止を命じた。情報だけで推理する上で必要な能力のひとつが、想像力。
鍛え上げた想像力が、夜神の言葉の意味を深く読み取る。下品で卑猥な、その意味を。

「いやらしい奴」
甘い冷酷な囁きが耳に吹き込まれる。その瞬間、大きく電車が揺れ、掌も大きく上下し、夜神の指が敏感な 先端をくり、と捻りあげた。
「ふぁぁっ!」
必死で声を耐えつつも、湿った息を吐きながら…私は吐精した。





「大丈夫?流河。真っ青だよ」
「…」

駅のトイレの前のベンチで私はうなだれて座っていた。
最悪だ。体のサイズに合わないジーンズから白濁は簡単に上へと吐き出され、夜神の手をぬらりと汚した。
自分の下着もべちょりと汚れ、トイレのゴミ箱に丸めて捨てた。素肌にジーンズがこすれる。
「すみみません…汚してしまいまして…」
「いいよいいよ、男だし一度ああなっちゃうとどうにもならないのはわかるよ。」
「恥ずかしいです…最悪です」
「ははっ。恥ずかしがる流河なんてめずらしいものが見られて面白かったし、僕は気にしてないよ」
なんて事だ。面白がられている。こんな恥辱を受けるのははじめてだ。だがそれを悟られまいと私は勤めて 冷静に、とぼける事にした。
「じゃあ次は私も夜神くんが恥ずかしがるところを見てみたいものです」
「次?」

しまった。

快感の残像に脳がまだやられていた。失敗した。いや、大丈夫だ。
こんな年下の思い上がった少年など、いつでも逆転できる。お前がキラだと証拠を突きつけてやるその時。オセロは黒からすべてが白になる。少々 油断させておくのもいいかもしれない。無論こんな目に合うのはもう御免だが。

「ねえ、また一緒に登校しようよ。その方が僕らもっと親睦を深められると思うんだ」
「そうですね…」
彼は今日少しふざけたのだ。夜神月にその様な性癖があるデータはない。ある程度は実際揺れのせいだった のかもしれない。ただわかったのは、日本の満員電車は恐ろしい密室空間であるという事。
「…もっと空いている時間帯の時にお願いします」
「はは、そうだね。僕も満員電車は苦手だよ」

一緒に登校か。これで何かわかることがあるかもしれない。
私は今しがた受けていた恥辱を頭の隅に追いやり、爪を噛んだ。思考へ入る自分への合図のようなものだ。
この時少し振り返って夜神月の顔を一瞬でも見ていればよかったと、後悔するのはもう少し後になる。


End


最初Lが痴漢にあってそれを月が見てる話…と思ったのですが、
正直Lの風貌はマニアックなのでいきなり奴を触る男も女もいなかろう、と
痴漢に間違われる話に変更しました。いや、私なら触りますけど!
切符の買い方なんてわかんないのでワタリにパスモでも買ってもらったんだと
思います。